■ 今村伝四郎正長 ■ |
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工事の費用には、自分の給料や財産もあてたそうです。3年後に完成した防波堤は、長さがおよそ540メートル、かぎの手およそ73メートル、高さおよそ3メートル、幅およそ3.6メートルでした。費用は、このころのお金で、983両もかかりました。 防波堤は、それから、いくどもつくり直されましたが、その費用は幕府が全部だしたそうです。 下田の人々は、今村伝四郎の功績をたたえて、武山の権現神社の境内に、碑を建てました。今、武ガ浜にある碑は、ずっとあとになってから建てかえたものです。 あれはてていた城山に植林して、今の城山公園のもとをつくったのも、今村伝四郎だといわれています。 今も了仙寺の境内には、今村伝四郎の墓があります。 |
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